2015年4月17日金曜日

桜道・春の四番勝負・スピンオフ ~日頃市が生んだ花咲じいさんたち~ 

知ってました?「スターウォーズ」って昔話なんですよ~(σ‐ ̄)
協会事務所のむっちーです。

昔話ってあるじゃないですか。ほら、幼い頃おじいちゃんおばあちゃんの膝の上で聞いたアレですよ。
鬼と戦う戦士の話に、正直者が報われる話など内容は盛りだくさん。

中には実在したとかモデルがいるとかいう話や文献もちらほら目にしますが、もしもその精神を受け継いだ人々が現代のこの世の中で活躍していたとしたら・・・?


今回お送りするのはそんな魂を持った人々の話です。


大船渡は日頃市-----。


以前長安寺の川沿いには、それはそれは見事な桜が咲き誇っており、人々の心を和ませておりました。
そんなある時。とある事業のため、桜の木はすべて伐採されてしまいました。
おまけにその事業計画の話はやがて立ち消えに。後には桜が切られた河川敷だけが残ってしまいました。

「桜並木を復活させよう---」

そんな声とともに立ち上がったのが、山下哲夫さんを初めとするボランティア団体「寺町桜を育てる会」でした。
2011年2月。近隣の高齢者を中心としたこの構成人数約100人のボランティア団体は意気揚々と結成されたのです。

ところが、2011年3月11日。大船渡を地震と大津波が襲い、甚大な被害をもたらしました。

団体が活動していた地域は被害を免れ、山下さんたちはいち早く炊き出しなどの支援に活動内容をシフトしました。

震災から三か月後--。
桜を復興のシンボルとし、傷ついた人の癒しとなってほしいという願いから活動が再開され、草刈に植樹と、日々山下さんたちは汗を流して夢へと邁進しました。

その協力は県外からも及び、神奈川県河津町からは河津桜が、福岡県の高校生からは菜の花の種が送られ、バイオディーゼルアドベンチャーの山田周生さんら志のある方々の参加もあり、花を通じて人間同士の輪と絆も全国へと広がっていきました。
そして今年2015年---。

「寺町桜を育てる会」は4月12日、河川敷に集まり50人での花見を行いました。

まだ添え木は取れず、成長途中の桜たち。
それでも健気に花を咲かせ、山下さんら会の皆さんに元気な姿を見せてくれました。

「来年はもっと大きくなって、もっとたくさん咲かせるからね--」

復興と自らの大きな夢に全身全霊で情熱を注ぎ込む、日頃市が生んだ花咲じいさんたち・・・。
桜並木復活への大きな第一歩が今、踏み出されました---。


今回お話を聞かせていただいた、「寺町桜を育てる会」の代表、山下哲夫さん。


突然お邪魔させていただいたにも関わらず笑顔で私を出迎えてくれ、若さみなぎる熱いお話を聞かせてくださいました。
「高齢者が増え、ぜひとも生きがいを与えていきたい・・・。人と人の輪を広げ、子供たちが遠足で来れるような桜並木を作っていきたい。」
そう目標を語り、瞳を輝かせる山下さん。その少年のような瞳に、大きな希望の光を見出したような、そんな気がいたしました。


長安寺へ向かう橋を渡ると、こちらの看板が見えてきます。



今年初めて本格的に咲いたという桜の赤ちゃんたち。
桜並木が一年ごとに成長していく姿を見ることができる、貴重なスポットとなりそうです。


福岡県の高校生たちから送られた菜の花たち。
東北の寒さにも負けず、桜と寄り添うようにして育つ姿が美しく、新しく生まれ変わる河川敷の象徴となるべき存在と言えると思います。


震災後、津波で母校が流された陸前高田市の高田高校卓球部の皆さんは長安寺公民館で猛練習を重ね、見事県大会優勝。インターハイ出場の悲願を果たしました。
写真はそのことを記念して長安寺公民館に植えられた記念樹。
復興の狼煙となった彼らの活躍は、桜並木の玄関口となり以後、称えられることでしょう。

日頃市の花咲じいさんたち「寺町桜を育てる会」の活動をご紹介させていただきました。
自然という大きな存在を相手にする山下さんたちの活動は、時として予期せぬトラブルに見舞われたり、思わぬ障害に阻まれることも多々あります。

しかしそんな中でも夢を抱き続け、希望に向かい汗を流す寺前桜を育てる会のみなさん。

その活動は今、始まったばかりです。

100年後の未来を見据えたその大事業を、微力ながらも応援していこうと思います。

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